大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 平成7年(ワ)316号 判決 1997年8月04日

原告

甲野花子

右法定代理人親権者父

甲野太郎

右法定代理人親権者母

甲野夏子

右訴訟代理人弁護士

土井平一

被告

神戸市

右代表者市長

笹山幸俊

右訴訟代理人弁護士

岡野英雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、四九〇六万三一三三円及びこれに対する平成五年九月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文同旨

2  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故

(一) 原告は、昭和五五年一月二二日生まれの女子で、平成五年九月二〇日当時、神戸市立広陵中学校(以下「広陵中学」という。)の二年生であり、剣道部に入部していた。

(二) 原告は、平成五年九月二〇日午後四時ころ、他の剣道部員と共に広陵中学格技室(以下「格技室」という。)において、同日行われた同校の体育祭の練習の際使用した剣道の防具等の後片付けをしていたところ、格技室内では、同校の二年生で剣道部員である乙山冬男(以下「乙山」という。)らが、同室内の防具棚から取り出した竹刀と鍔を使って、床上に置いた鍔を滑らせて打ち合うアイスホッケー類似の遊び(以下「ホッケー遊び」という。)をしており、乙山の振り回した竹刀が同人の手元を離れて飛び出し、原告の左目を直撃した(以下「本件事故」という。)。

(三) 原告は、本件事故により左眼球癆の傷害を負い、平成五年九月二〇日から同年一〇月一三日までの間、神戸市立中央病院に入院して治療を受けたが、左眼失明の状態で症状固定し、自動車損害賠償保障法施行令所定の後遺障害別等級表第八級相当の後遺障害を負い、義眼装着を余儀なくされた。

2  被告の責任

(一) 被告は、広陵中学の設置者であり、また、本件事故当時の同校校長S(以下「S校長」という。)及び剣道部顧問として同部の活動について指導監督に当たっていたH教諭(以下「H教諭」という。)の使用者であった。

(二) 剣道は、伝統的な武道で、防具を着けなければならない程危険なものであり、竹刀も攻撃の道具である以上本質的に危険を有している。しかるに、広陵中学剣道部の場合、設立二年目であり、顧問教諭の剣道経験も浅く指導方法が確立されておらず、部員も、精神的に未熟で、活動的かつ冒険心旺盛な中学生であり、剣道そのものを本格的にしようというより、内申書の成績を良くするという軽い気持ちで入部している者の方が多いのであるから、竹刀で遊ぶとどういう結果が生じるかまで予測して自主的に自己の行為を抑制することは全く期待できない。

したがって、学校管理者であるS校長及び顧問教諭であるH教諭は、竹刀の目的外使用により部員の身体に危害が及ぶことを未然に防止すべく、

(1) H教諭において、部員に対して竹刀の安全な使い方を徹底的に指導するとともに、部員の動静を観察し、生徒への聞き込み、他学校との連絡等による調査を行って部員が竹刀を遊びに使っていないかを常時監視し、そのような事実があればさらに部内の指導、監視を徹底して部員に安全性への意識を植え付けるよう指導監督すべき注意義務

(2) S校長において、H教諭に右のような指導をさせるべく監督し、その万全を図るために顧問教諭の数を増やすなり、H教諭に部活動に専念させるなりの配慮をすべき注意義務

があった。

また、竹刀は本来的に危険を有しているものであるから、S校長及びH教諭には、その保管に注意すべき義務もあった。

(三) しかるにS校長及びH教諭は、右注意義務を怠り、部員がホッケー遊び等に竹刀を使用するのを知りながら黙認して放置し、ないしは、十分な調査をしなかったためにこれを放置し、また、竹刀を格技室の防具棚に放置して施錠しないなど竹刀の管理に十分な注意を払わなかった過失により本件事故を発生させた。

したがって、被告は、原告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、本件事故より生じた損害について賠償する義務がある。

3  損害

(一) 入院付添費九万二〇〇〇円

原告は、本件事故による障害の治療のため、平成五年九月二〇日から同年一〇月一三日まで二三日間神戸市民中央病院に入院し、その間原告の父及び母が付き添い看護した。この付添費は二人分合計日額四〇〇〇円が相当である。

(二) 入院雑費 二万三〇〇〇円

右入院期間に原告が支出した雑費は、一日当たり一〇〇〇円を下らない。

(三) 逸失利益

二六九四万八一三三円

原告は、本件事故により左眼を失明し、義眼装着を余儀なくされ、遠近識別の視覚作用が減退するなど生活上多大な支障がある。これは自動車損害賠償保障法施行令所定の後遺障害別等級表第八級に相当する後遺障害であるから、少なくとも労働能力の四五パーセントを喪失したものと評価される。平成五年度の女子の全年齢平均給与額は平均月額二二万一五〇〇円であり、原告は満一八歳から満六七歳まで就労可能であるから、その間の中間利息を新ホフマン方式によって控除すると、原告の逸失利益は二六九四万八一三三円となる。

(計算式)

22万1500円×12×0.45×22.53=2694万8133円 (一円未満切捨て)

(四) 慰謝料 合計二一〇〇万円

(1) 原告は本件事故による障害の治療のため、右(一)に記載した期間入院し、その後平成六年一二月二九日までの間に合計一五日間通院する必要があった。右入・通院に対する慰謝料としては、一〇〇万円が相当である。

(2) 原告は、左眼失明により遠近識別の視覚作用が減退し、日常生活において継続して不自由と困惑を感じるのみならず、装着を余儀なくされている義眼は、原告の成長とともに二年に一度程度の割合で取り替える必要があり、一生を通じて義眼取り替えの苦痛に悩まされなければならない。また、身体障害者として、結婚するに当たっても、就職するに当たっても困難が予想される。特に、視力障害者は、コンピューター等を取扱う職業に就くことが制約される。このような事情を勘案すれば、原告が受ける精神的苦痛に対する慰謝料は二〇〇〇万円を下らない。

(五) 弁護士費用 二五〇万円

(六) 損益相殺 一五〇万円

原告は、神戸市学校園安全互助会から、本件事故による障害見舞金として一五〇万円の交付を受け受領したので、右損害金からこれを控除する。

4  よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、前記損害金合計額四九〇六万三一三三円及びこれに対する本件不法行為の日である平成五年九月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について

(一)の事実は認める。

(二)の事実のうち、本件事故当時、原告が格技室において防具等の後片付けをしていたこと、乙山が所持していた竹刀が手元から離れ原告の左眼球を直撃したことは認めるが、本件事故がホッケー遊びの際に生じたことは否認する。

ホッケー遊びによって竹刀が一五メートルも飛ぶことはあり得ず、本件事故は乙山がホッケー遊びをしていた際に生じたものではなく、乙山が何か別のことをしており、竹刀を故意に、かつ、強く振って手から放したために起きたものである。

(三)の事実は認める。

2  請求原因2について

(一)の事実は認める。

(二)のうち、一般的に、部活動において事故の発生を未然に防止すべき注意義務が顧問教諭にあることは認めるが、本件において、原告が主張するような具体的な注意義務があったとの主張は争う。

(三)は争う。

3  請求原因3のうち、(六)の事実は認めるが、(一)ないし(五)記載の損害については争う。

三  H教諭の注意義務についての被告の反論

1  本件事故当日は、広陵中学では体育祭の予行練習が行われ、各部とも本格的な部活動をする予定はなく、剣道部も各教室における終礼のショートタイム(ホームルーム)後に第二美術室でミーティングを行うだけの予定であり、部員らがショートタイム後第二美術室に直行せず、防具の収納のため格技室に立ち寄った際に本件事故が起きたのであって、部活動中に生じた事故ではなく、H教諭の監督は及ばない。

2  剣道は、本来的に危険を伴う柔道と異なり、防具を着け、竹刀を本来的用法により使用して行う限り、特に危険なものではないし、中学二年生にもなれば、竹刀を目的外に使用すべきではないことは当然弁えているはずであり、顧問教諭が、竹刀を用いた悪ふざけが生じることを予測して常時監視すべき注意義務はない。

また、広陵中学剣道部において、部員によるホッケー遊びは行われておらず、仮に行われていたとしてもその頻度は少なく、H教諭はこれを知らなかったのであり、部員によるホッケー遊びによって何らかの事故が生じることを具体的に予見できるような状況にはなかった。

H教諭は、新入部員には目的外に使用しないことも含めて竹刀の使い方を教え、その後も折に触れて竹刀を大切に扱い、目的外に使用することのないよう部員に注意をしていたのであるから、その指導に欠ける点はない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  本件事故発生の経緯

1  請求原因1(一)及び同(三)の事実、及び同(二)のうち、本件事故当時、原告が格技室において防具等の後片付けをしていた際に乙山の所持していた竹刀が手元から離れて原告の左眼球を直撃した事実は、当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実と、いずれも成立に争いのない乙一ないし三、証人H(ただし後記採用しない部分を除く。)、同乙山冬男、同Tの各証言及び原告本人尋問の結果によれば、次の事実を認めることができる。証人Hの証言中、右認定に反する部分は採用しない。

(一)  広陵中学では平成五年九月二〇日に、体育祭の予行練習が行われたが、その際、剣道部員は垂及び胴等の防具を着用して行進の練習をした。右予行練習終了後、生徒はいったん各教室に戻り、ショートタイム(ホームルーム)が行われた後解散し、各自下校するか部活動をすることになっていたところ、同日は剣道部に格技室の使用が割り当てられていなかったため、剣道部員は、右行進の練習で使用した防具等を格技室内の防具棚に片付けた後、素振り等の練習をするため竹刀を持って中庭に集合するように指示されていた。

(二)  乙山は、同日午後四時ころ、右指示に従い防具等を格技室内の防具棚に片付けたが、すぐには中庭に向かわず、剣道部員の丙野(以下「丙野」という。)と共に、防具棚から竹刀と鍔を持ち出し、丙野が格技室東側の女子更衣室前付近、乙山が丙野と向かい合う形で同室の西側の玄関ホール前付近に分かれて、竹刀の剣先を床上に置いた鍔の中央の穴に入れて竹刀を前方に向かって強く振り、鍔を床上を滑らせて打ち合うホッケー遊びを始めた。

原告は、そのころ、防具等を片付けるために格技室に入り、他の剣道部員一〇名くらいと共に、格技室東側にある防具棚前で、防具の整理をしていたが、ホッケー遊びをしていた乙山が右玄関ホール前付近から原告の傍らにいる丙野に向かって鍔を打とうとして竹刀を強く振ったところ、右竹刀が同人の手からすっぽ抜ける形で飛び出し、その剣先部分が、約一五メートル離れた場所にいた原告の左眼を直撃した。

なお、被告は、ホッケー遊びの態様で竹刀を振り回しても一五メートルも竹刀が飛ぶことはないと主張し、その根拠として被告代理人らの実験結果を記載した報告書(乙四)を提出するが、右報告書は、実験の前提条件の正確性、信用性に疑問があり、その実験結果を直ちに採用することができず、右報告書の記載は右認定を左右するものではない。

二  被告の責任について

1  請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  前掲各証拠によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  剣道部は、平成三年ころ創部され、本件事故当時は剣道初段を有するH教諭が顧問となっていた。

同部では、授業のある日はほぼ毎日、授業開始前の午前七時三〇分からの早朝練習及び授業終了後午後三時三〇分ないし四時ころから同六時ころまでの二時間程度の練習が行われており、H教諭は、主に放課後の練習に立ち会い指導していたが、右練習の開始から終了まで立ち会うことは少なく、また、職員会議等により練習に立ち会わない日もあり、そのようなときには生徒である部長(キャプテン)の指示により練習が行われていた。

(二)  H教諭は、部員に対し、竹刀の握り方や面の打ち方、防具の使い方及び剣道をする上での礼儀について、ひととおりの指導をしたが、それ以上に、部員が竹刀を練習以外に使用しないよう、常時監視するようなことはなかった。

(三)  剣道部が使用する竹刀、防具等は、学校の備品、私物を含め格技室内の施錠されていない防具棚に保管されており、その整理はもっぱら部員の自主的な整頓に委ねられていたが、竹刀は十分整理されず横積みにされた状態であった。

(四)  剣道部では、本件事故以前から、練習開始前などに、部員が竹刀や鍔を使ってホッケー遊びをしたり、竹刀を野球のバットのように振り回したりして遊ぶことがあり、それを見たH教諭が当該部員に対し注意をしたことが何度かあったが、部員はその指示に従い、直ちにやめていた。

ホッケー遊びを周囲で見ていた他の剣道部員は、振り回した竹刀が付近の者に当たる危険性を感じることはあったが、そのために、ホッケー遊びの禁止を学校側に訴えたことはなく、また、ホッケー遊びの際に竹刀が手元からすっぽぬける状態で飛び出したことはなかった。

3  前記本件事故発生の経緯及び右認定事実に照らして、被告の責任を検討する。

(一)  被告は、当日は、ショートルームの後、第二美術室でミーティングが行われる予定であったが、部員がこれに直行せず、防具を収納するために格技室に立ち寄った際に本件事故が発生したから、部活動の顧問教諭の監督は及ばないと主張する。

しかし、前記認定のとおり、原告や乙山が、ショートルーム終了後に防具を収納すると共に、その後に予定されていた部活動である中庭での練習に備えて竹刀を取り出すため、格技室に立ち寄った際に本件事故が発生したものであり、教育活動の一環として行われる部活動と密着した生活関係において発生した事故であり、このような場合にも、学校管理者たる校長や部活動の顧問教諭は、部活動に参加する生徒の安全を図る義務があることは当然であるといえるから、被告の右主張は採用できない。

(二)  原告は、S校長及びH教諭に、部員の安全を図る注意義務に違反した過失があると主張する。そして、教育活動の一環として行われる部活動やこれと密接な関係にある生活関係においても、学校管理者たる校長や指導担当教諭に、部活動に参加する生徒の安全を図る義務があることは前記の通りである。しかし、剣道は、伝統的な格闘技であるといっても、防具を着け、竹刀を持って練習や試合をする範囲内では格別の危険性があるものではなく、竹刀も、衝撃を吸収するため割竹四枚を組み合わせた上、剣先を革等で丸くまとめてあるという形状(三省堂編・大辞林参照)に照らし、それ自体危険性のあるものとはいえず、中学生ともなれば、危険性の認識やその回避について相応の経験、判断力が備わっているのであって、過度の監督は生徒の自主性、自立性を損なうおそれのあることをも考慮すれば、竹刀の目的外使用によって具体的な危険の発生が予見されるような特段の事情のある場合を除いては、顧問教諭において竹刀や防具の使用について一般的な注意をし、また、竹刀が目的外に使用されているのを発見した場合に注意する以上に、原告主張のように、竹刀の目的外使用による危険発生を防止するために、常時の監視や他学校との連絡による調査まですべき注意義務はないというべきである。

そこで、次に本件において、右のような特段の事情があるといえるかを検討するに、前記認定のとおり、H教諭は、部員らが竹刀を使ってホッケー遊びをしていたことを認識していたことは認められるものの、前記のとおり竹刀自体に本来的な危険性があるものとはいえず、実際に竹刀が手元からすっぽ抜けるような状態で飛び出したことはなく、部員らがホッケー遊びによる危険を訴えたこともなかったことや、部員がH教諭の注意に従ってホッケー遊びを直ちにやめていたことを勘案すれば、S校長あるいはH教諭において、ホッケー遊びによって、本件のような重大な人身事故が生じることを予見すべき特段の事情があったとはいえない。

したがって、H教諭において、竹刀の使用方法について一般的な注意をしたほか、部員らがホッケー遊びをしているのを発見した折に口頭で注意するに止まり、それ以上の措置をとらなかったことに過失があるということはできない。また、S校長において過失があるといえないことも同様である。

(三)  原告は、S校長やH教諭が竹刀の管理について十分に注意しなかったことも本件を発生させた原因であると主張するが、竹刀が本来的に危険なものであるといえないことは前記の通りであるから、S校長やH教諭が、部活動後、格技室に施錠する以上に同室内の防具棚に施錠しておく等の措置を採らなかったとしても、これをもって本件事故の発生に結びつく過失があったということはできない。

4  以上のとおりであり、S校長及びH教諭に部活動及びこれに密接に関係する生活関係において指導監督上の注意義務違反があったものとはいえないから、被告に本件事故についての責任を認めることはできない。

三  結論

よって、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤西芳文 裁判官甲斐野正行 裁判官井川真志)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例